12 永明地区の近・現代(その3)

明治16(1883)年11月30日から12月5日にかけて、女屋など30余の大字のものが関係した「農民騒動」がおこった。この騒動について、今どのくらいの人達がご存知だろうか。

この騒動については、県議会図書室(現在は県立文書館所蔵)にこの事件の関係書類が保存されており、この資料をもとにして、萩原進氏がその著「騒動」の中で紹介され、さらに近刊の「群馬県百年史」の中にも記されているので、「女屋村近傍農民騒動」というかたちでご存知の方もあるかと思う。

筆者は、20年程前(昭和28年頃)に、江木町の大島陸三郎氏(16歳の時にこの事件がおこったという)に、その数年後に翁の実弟の多次郎氏に、それぞれ事件の概要について伺ったことがある。

先述の「一事件書」によると、この事件に関係した大字は、34ほど記されている。(2日間だけ、参加した大字についての記述がないので正確な数はわからない。)永明地区の大字は全部参加している。陸三郎翁はこの事件の名称を「ホイホイ」と言っている。これは事件参加者が、竹ぼらを吹きながらデモをしたからだという。

ところで、事件の原因はなんであったか。「一事件書」は「金員梗塞諸物価下落につき借金返済不能のため、負債弁償方延期を債主へ掛金のため」としている。なお陸三郎翁は、米価の下落によって借金や税金が払えないので、学校を廃止しようとしてこの騒ぎがおこったと語っている。この騒動の様子やその意味などについては次号で考えてみることにしたい。

                       (農協えいめい』1972.6.20 25号)