むかしは、伊勢の大神宮にお参りすることが、一生のうちのつとめだとまでいわれていた。伊勢講をつくって交代で伊勢参宮をしたものである。バスや電車がないころには、何十日もかかって伊勢まで歩いて行ったのである。
その苦労は大変だったであろうが、そのかわりに道中の見聞が楽しいものであったと思う。これはそのころの話である。
明治32年(1899)に野中の兵助さんという人が伊勢参りをしたとき、伊勢の宿屋で初めて電灯を見た。「これはすすの出ないランプだ。ああいうランプを買って帰えるべえ」と下女(お手伝いさん)にいったところ、「お客さん、あれは電気というものですよ。」といわれたという。翌朝起きてみたら、こんどは馬のいない馬車があった。おかしいなあ、馬はどこかにいるんだんべえといって、車のまわりをまわってみたという。これは電車を初めて見たときの話である。今では信じられないような話であるが、この話、19世紀の末の話とすれば、別に不思議でもないのかもしれない。
ところで、この辺でランプをつかっていたのはいつごろまでであろうか。ランプのホヤ磨きは子供の仕事であった。小さな手をホヤの中につっこんで、手や顔をよごしながら、ホヤ磨きをした思い出のある人は、何歳ぐらいまでの人であろうか。
野中に電灯がひかれたのは大正11年12月のことだったという。この年の12月30日に「点火祝い」をしたと記録にある。
(『農協えいめい』1973.12.01 40号)
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