26 永明地区の近・現代(その17)

大正9年は前年の好景気の反動のように不景気で、大正9年ではなくて、苦年だとまでいわれたという。この年の9月4日、野中町は大旋風に襲われた。

当時の新聞によると、この日は朝から雨が降っていたという。旋風は多野郡神流村、佐波郡上陽村、前橋市宗甫分、群馬郡元総社村、国府村などを襲い、野中から西片貝を襲ったものという。被害地域は7里にわたっていたと新聞は報じている。この旋風によって、死者3名、負傷者36名、倒壊戸数57、同棟数83の被害があった。

この当時の様子を野中町の石井貞次郎さんにお聞きしたので紹介してみよう。この日は朝から雷がごろごろ鳴っていた。蚕はにわやすみのころであり、桑取りに出かけていた。午後5時頃桃木川のひょうと堰のほうから、真っ黒の雲が、下をはうようにやってきた。ちようど汽車が走るような音がしたという。石井さんの家のの人は、何か来たような音がするので、家から外へ出てみて、ふり返ってみたら家がつぶれていたという。

この旋風は当時の新聞記事にもあるが、突如として襲来し、あっという間に多くの被害を与えて去っていったのである。野中では1名の死者と数名の負傷者、14戸28棟の家屋の倒壊という大損害をこうむったのである。このため、家の建て直しが大変だったという。前橋の職人が県道を通って野中へ来るのが、まるで市(いち)がたつようだったという。

あれから50数年の歳月が流れたが、野中の人達にとっては忘れることの出来ない事件として、今でも折りにふれて話題になっているのである。

                                                                 (『農協えいめい』1973.10.01 39号)

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